三式戦闘機「飛燕」


 三式戦闘機の量産型が実戦部隊に配備されたのは、制式化に先立つ43(昭和18)年1月からで、同年4月には激戦地のソロモン諸島、ニューギニア方面に投入された。しかし、ドイツ工業技術の結晶であるDB601Aを国産化するには日本の技術は未熟で、三式戦闘機に搭載されたハ40エンジンには故障が相次いだ。特に、南太平洋地域の高温多湿の気象条件に加え、前線の飛行場では簡単にオーバーホールもできず、外地での三式戦闘機の稼働率は極端に低かった。もっとも、機体の設計が優秀であったことに間違いなく、エンジンさえ動けば、米英の戦闘機とも互角に戦うことができた。  三式戦闘機の機体は、全長8.9メートル、全長12メートル。武装は、初期量産型の一型甲が両翼内に7.7ミリ機銃2丁、胴体前部に12.7ミリ機関砲2門、一型乙は両翼内と胴体に12.7ミリ機関砲を4門、一型丙はドイツから輸入したマウザー20ミリ機関砲を両翼内に2門、胴体に12.7ミリ機関砲を2門と、徐々に強化された。さらに一型丁は、国産のホ5型20ミリ機関砲を胴体に2門、両翼内に12・7ミリ機関砲を装備し、米軍の大型爆撃機の迎撃にも活躍した。写真は、一型乙の後期生産タイプ