
二式戦闘機は速力、上昇力を最優先にした設計で、航続距離や着陸性能は犠牲にされた。特に、離着陸に長い滑走路を必要とすることから、前線の狭い飛行場が使えず、航続力の不足もあって、広い太平洋戦域で地上部隊を援護する役目は果たせなかった。ただ、太平洋戦争も終盤になり、米軍の戦略爆撃機が日本本土に飛来するようになると、防空戦闘機として活躍の機会が巡ってきた。 二式戦闘機は、全長8.9メートル、全幅9.45メートル。武装は、初期生産タイプの一型と二型甲までは7.7ミリ機銃2丁と12.7ミリ機関砲2門だったが、二型乙では12.7ミリ機関砲2門と40ミリロケット砲2門を備えた武装強化型が製造されたほか、二型丙は12.7ミリ機関砲4門を装備した。本土を爆撃した米軍のB29は高性能で、二式戦闘機の速力や上昇力でも十分とは言えなかったが、後継機種の開発が遅れたこともあって、陸軍防空部隊の要とならざるを得なかった。終戦までの生産数は、およそ1200機に達した。写真は、終戦後に中国の飛行場で撮影された二式戦闘機二型丙