一〇〇式司令部偵察機


 九七式司令部偵察機の成功で、日本陸軍は戦略偵察機のさらなる性能向上を目指し、日中戦争の開始から5カ月後の1937(昭和12)年12月、三菱重工業に後継機として試作名称キ46の開発を命じた。当然、要求仕様は九七式司令部偵察機を大きく上回るもので、最高速力が時速600キロ超、航続力は時速400キロの巡航速度で6時間以上とされた。三菱重工業では、設計に当たって機体の空力的洗練性を極限まで高めようと、流線形の胴体、空気抵抗を低減したエンジンナセルなどを作り上げ、エンジンには離昇出力850馬力の「ハ26一」(海軍名称は『瑞星』)を採用した。試作1号機は39(昭和14)年末に完成したが、エンジンの出力不足から最高速力は要求仕様を下回る時速540キロにとどまった。  陸軍は機体の完成度が高いことを認め、40(昭和15)年にキ46を一〇〇式司令部偵察機一型として制式採用する一方、エンジン出力を向上させた改良型の開発を命じた。三菱重工業は、翌41(昭和16)年3月にエンジンを離昇出力1080馬力の「ハ102」(海軍名称は『瑞星二〇型』)に換装したキ46二を初飛行させ、テストでは高度5800メートルで時速604キロを記録、要求仕様をクリアした。キ46二は42(昭和17)年6月に一〇〇式司令部偵察機二型として制式化され、ただちに実戦に投入された。写真は、一〇〇式司令部偵察機二型の性能をさらに向上させた三型