零式艦上戦闘機五二型

サイパン島で米軍に捕獲され、米国で復元された零式艦上戦闘機五二型。戦後も米国の民間団体が保管し、飛行できるように整備していた。写真は日本に里帰りした1995年5月に茨城県竜ヶ崎市の竜ヶ崎飛行場で撮影【時事通信社】


 太平洋戦争も中盤になると、米軍が大出力エンジンを搭載し、強力な武装を備えた新型機を次々と戦場に投入、速力と火力で劣る零戦では太刀打ちできなくなった。日本には零戦の機体に積める小型で大出力のエンジンを開発する技術力はなく、細かな改良で対応するしかなかった。1943(昭和18)年6月に初飛行した五二型は、前線からの要求に応えて速力と防弾性能の向上を図ったタイプで、武装を強化した「甲」「乙」「丙」の各型も生産された。


 五二型は三二型、二二型と同じ「栄」二一型エンジンを搭載、排気管を左側5本、右側6本に分けて機首部分から直接排気する形に改め、それを推力に利用する「ロケット効果」を狙った。主翼も三二型と同様に短縮化したが、翼単は角を切り落とした丸みを持つ形状にした。その結果、最高速度は時速565キロと二二型を25キロ上回る反面、水平面での旋回性能は低下した。特筆すべきは、主翼内の燃料タンクに自動消火装置を装備したことで、被弾で火災が発生しても二酸化炭素を噴射して鎮火させることができた。


 五二甲型は主翼内の20ミリ機銃をベルト給弾式にして装弾数を125発に増やし、五二乙型は機首に搭載した胴体機銃を口径7.7ミリから13ミリに換装して火力を強化。五二丙型は両主翼内に13ミリ機銃を追加し、キャノピーに防弾ガラスを、コックピット後方に防弾壁を設けて搭乗員の生存性を向上させた。ただ、こうした改良はさらなる重量増加を招き、運動性の低下を嫌って胴体機銃や防弾ガラスを取り外す部隊もあった。一方、米軍のF6F、F4U、P47などの新型機は離昇出力2000馬力級のハイパワーエンジンを備え、武装も強力で、零戦より一世代先を行く力量を持っていた。零戦は各型合計で1万機以上が製造され、終戦まで主力戦闘機の座を譲らなかったが、それは有力な後継機を開発できなかった日本の工業力の限界を示したとも言える。